534号艦の建造は1930年12月、スコットランドのクライドバンクにある、ジョンブラウン&Co.社の造船所で開始されました。
しかし折り悪く、1929年にウォール街から始まった世界大恐慌の余波は、イギリスにも確実に押し寄せてきていました。イギリス経済は他国の例に漏れず極度に悪化し、失業者は270万人を超えるような有様になり、労働党内閣の元で財政の緊縮が行われました。キュナード社の経営も悪化したため、造船所への資金の提供ができなくなり、ついに534号の建造は船台上でストップされてしまいます。キュナード社は政府に対し、船の完成のために融資を求めます。何度かのやり取りの後、政府は融資の条件として、キュナード社に対して当時経営難にあったホワイトスターライン社との合併を求め、キュナードがこれに合意したため、融資の了解が得られるに至りました。議会ではこの予算案の承認について大変な議論が起こりますが、最終的に北大西洋海運法が成立し、必要にして十分な資金が得られたキュナードは、534号艦の建造を再開できただけでなく、後にクイーンエリザベスと命名される、姉妹船552号艦の建造も開始しました。
今考えてみると、海軍予算ですら鬼のように削減した(その結果英国は第二次大戦初期に大変な苦労を重ねる)当時の労働党内閣にあって、多分に投機性の強い巨大客船の建造資金の融資が承認されたのは奇跡のような話にも思えますが、同様に国家の援助を受けて巨大客船を建造していたドイツやイタリアへの対抗心が大きかったのでしょう。資金繰りに困り、534号艦が船台上に放置されていた期間は2年4ヶ月にも及びましたが、以後建造は急ピッチで進められ、1934年9月26日、ついにこの全長311メートルの巨大客船はめでたく進水式を迎えることができました。
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進水するクイーンメリー 式に臨んだメアリー女王によって命名が行われ、シャンパンが割られた。 |