余談ですが、クイーン姉妹の大活躍の一方で、戦前ライバル関係にあったフランスの巨船ノルマンディー号も、本国の降伏に伴いアメリカ政府に接収され、ラファイエットと命名され軍隊輸送船に改造されることが決定しました。しかし、工事完了直前になって出火事故を起こし、(クイーン姉妹に匹敵する軍隊輸送船の登場を恐れたドイツのスパイの工作だったとも言われます)大量に放水された消化水の重量によって浮力を失い、港内で横転してしまいます。
その後半年あまりかけノルマンディーはサルベージされましたが、上部構造物がすべて撤去されてしまったために、軍隊輸送船としては利用できなくなり、代わりに航空母艦に改造することが検討されますが、結局実現せず戦後に解体処分されてしまうという悲しい運命をたどりました。もし事故が発生しなければ、クイーンメリーと同じく戦中は兵員輸送船として大活躍し、戦後はまた大西洋航路に定期客船として返り咲いていたかもしれません。
1942年10月2日、アイルランド沖を航行していたクイーンメリーは、護衛についていた軽巡洋艦のHMSクラソアと衝突事故を起こしました。満載排水量が5千トン程度でしかなかったクラソアは、高速かつ巨大なクイーンメリーに轢かれた結果、船体が真っ二つに切り裂かれて3分で水中に没しました。同水域はUボートによる攻撃の危険があったため、クイーンメリーは生存者を救出することができず、クラソアの乗組員のうち、救出された26名を除いて338名が死亡してしまい、この事故はクイーンメリーの輝かしい経歴の中で唯一の汚点となってしまいます。
1942年12月、クイーンメリーは1万5千名のアメリカ兵をニューヨークからイギリスに運んでいましたが、スコットランドから700マイルの地点で突風の中突然発生した28メートルもの津波に巻き込まれ、甲板上の救命艇が破壊され、ブリッジの窓ガラスが割れる被害に会いました。クイーンメリーの船体はこの津波によって瞬間的に52度にまで傾き、後の調査ではあと3度傾いていたら転覆していただろうと推測されました。あまりの出来事に、当時このとき起こった事実は公には秘密にされたそうです。