クイーンメリーという名前のクライドの蒸気タービン船は、実はすでに英国に存在しており、キュナード社はその船の所有者にクイーンメリーIIと改名してくれるよう交渉する必要がありました。新定期客船クイーンメリー号は、1934年RMSクイーンメリーとして就役します。RMSとはRoyal
Mail Steamer(英国郵便汽船)の略です。 クイーンメリーは1936年3月27日のサウザンプトンからニューヨークへの処女航海の際、総トン数80,774トンと発表され、彼女のライバルとなるフランスのノルマンディー号(当時79,280総トン)を超え世界最大の定期客船として認知されます。ニューヨーク港に姿を現したクイーンメリーは、アメリカ人の衆目を集め、当時のニューヨークの新聞は彼女の勇姿を褒め称えました。
クイーンメリーは同時に高速性能も証明し、西行き平均速度30.14ノット、東行き平均速度30.63ノットの速度記録を打ちたて、ノルマンディーから1936年7月、ブルーリボン賞を譲り受けました。ブルーリボン賞とは、1860年代から創始された、大西洋横断の速度記録を打ち立てた蒸気船に送られる、客船にとって最も名誉ある賞です。ちなみに1838年に大西洋を横断した蒸気船シリウス号の西行き平均速度は8.03ノットでしたが、1935年にノルマンディーで、30ノット近くに達しました。

クイーンメリーのライバル、フランスのノルマンディー号(建造時79,280総トン)
ノルマンディーはブルーリボンの喪失に対し、1936年冬の定期入渠の際、プロペラ交換とボイラーの圧力アップの工事によって、1937年7月に再び新記録を打ちたて、ブルーリボンをクイーンメリーから奪還します。しかし1938年に再びクイーンメリーは西行き30.99ノット、東行き31.69ノットの新記録を出し、ブルーリボンを奪い返しました。このクイーンメリーとノルマンディーの熾烈なブルーリボン獲得競争を当時の新聞は派手に書きたてましたが、まもなく戦争が始まったせいもあり、クイーンメリーが最後に出したこの記録は、1952年にアメリカの定期客船ユナイテッドステーツが新記録を出すまでの15年あまりは、一度も塗り替えられることがありませんでした。